大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 平成7年(わ)315号 判決 1995年11月20日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

被告人を右猶予の期間中保護観察に付する。

本件公訴事実中有印公文書偽造・同行使の点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、岡山市《番地略》の自宅において、甲野の名称で清掃請負業を営んでいたものであるが、右清掃請負業の経営状態が悪い上、生活費に困り、金融業者から借入金名下に金員を騙取しようと企て

第一  平成四年一〇月一九日ころ、同市《番地略》乙山株式会社岡山営業所において、同営業所所長Aに対し、真実は岡山市等へ母子福祉資金の借入れの申し込みをしておらず、同資金の貸付を受けることが決定した事実も、また、右Aから借り受けようとしている金員を返済するに足りる清掃請負代金が被告人の預金口座に入金される予定もなく、返済の意思も能力もないのに、これあるように装い、右資金の申込書類を見せながら、「うちは母子家庭なので、事業を始める時には母子福祉資金が二一〇万円くらい融資が受けられるんで、その申込みをしてきたんです。一一月一二日にその金が私の口座に入りますから、それを担保にお金を貸してください。」と言つて、その旨同人を誤信させた上、以後、同年一一月五日までの間、八回にわたり、右Aの誤信に乗じて、直接又は同営業所職員B子を介して、別表欺罔手段欄記載のとおりそれぞれ欺罔し、直接又は情を知らないC子を介し、右A又は同人の指示を受けた右B子から、現金合計一五一万円の交付を受けてこれを騙取し

第二  前記Aから前記母子福祉資金の貸付に関する証拠書類の提示を求められ、前記の詐欺の発覚を防ぐために、実父Dあてに岡山市教育委員会から郵送されていた郵便はがきによる支払金口座振替通知書を、その文字の一部を抹消したり、ワードプロセッサーを用いて印字した紙片を貼りつけるなどの方法により、自己の銀行口座に、中央福祉母子福祉課から平成四年一一月一二日に二一〇万円が振込まれるかのような内容に改変し、これを右Aあてに、ファクシミリ通信により送信し、これによつて同人が被告人に二一〇万円が入金されるものと誤信したことに乗じて、借入金名下に金員を騙取しようと企て、同年一一月一〇日午後、前記乙山株式会社岡山営業所において、同人に対し、真実は被告人に二一〇万円が入金する事実がなく、返済の意思も能力もないのに、これあるように装い、「一一月一二日には全部返しますから、これで最後じやから、五五万円貸してください。間違いなく二一〇万円が入るから、それで返済します。」などと言つて、その旨同人を更に誤信させ、よつて即時同所において、同人から、現金五五万円の交付を受けてこれを騙取し

第三  同年一二月三一日頃、同市《番地略》丙川ビル一階「総合商社丁原」事務所において、同店経営者Eに対し、真実は清掃請負代金が入金する予定がなく、かつ、返済の意思も能力もないのに、これあるように装い、「私は、掃除の請負業をやつているんです。何人か人を使つてビルの掃除の仕事を請け負つてやつているんです。その仕事の人件費や資材の仕入代金の支払にどうしても今日お金がいるんで、五〇万円貸してください。一月末には今まで仕事をした分の仕事賃がまとまつたお金が入るんで、間違いなく返しますから。」などと言つて、その旨同人を誤信させ、よつて即時同所において、同人から、現金四八万五〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)《略》

なお、被告人は当公判廷において、平成四年一〇月一九日には母子福祉資金の借入れのことは言つていないと述べ、判示第一番号一、二の各事実については、騙すつもりはなく、一〇月一九日の時点では、仕事もあつたし、生活保護もあつたので、返済の意思も能力もあつた旨主張し、弁護人も右各事実については、被告人には欺罔の意思はなく、詐欺罪は成立しない旨主張する。

まず、一〇月一九日に被告人が欺罔手段として母子福祉資金の借入れのことをAに対して話したかについて、被告人は捜査段階においては、申込関係書類を見せながら、母子福祉資金の借入れのことを話したことを認めており(同人の平成七年六月二四日付検面調書)、この供述はA及びB子の各供述調書の内容とも合致する。これに対し、被告人の当公判廷における供述は、当初、母子福祉資金の借入れのことは言つていないとの供述が、「二一〇万円という金額は出していないと思います。」「事業資金の貸付制度のことは言つたかもしれませんが……」と変遷しており、不自然な弁明である上、一般的に貸金業者は、金員を貸し付ける際には、借主の資金力や担保など回収の見込みに最大の関心を持つのが通常であつて、被告人が当公判廷で供述するように、母子福祉資金として二一〇万円借りられることを告げずに、単に一〇月二二日に仕事の金が入る(それも金額を明らかにすることなく)と告げただけで合計二一万円もの金員を担保なく直ちに資し付けることは、通常は考えられないことである。しかも、一〇月一九日の時点では、生活保護を受給していた被告人が児童扶養手当を担保として乙山株式会社から限度額一杯まで借入れを行つていたのであつて、この事情をも勘案するならば、被告人の捜査段階での供述は貸金業の取引の実態とも合致していて信用できるのに対し、当公判廷における供述は極めて不自然であり、信用できない。よつて、同人が一〇月一九日に、母子福祉資金の借入れのことをAに話した事実は証拠上認められる。

そして、関係各証拠によれば、平成四年一〇月一九日ころの被告人の経済状態は、清掃請負業の営業活動に行く交通費もなく、また、食べるものと言えばお米しかなく、乙山からは限度額一杯まで借入れを行つており、弁済日である一〇月二二日までの入金予定は一〇月二〇日ころ掃除の仕事賃が一一万八〇〇〇円程度入つてくるだけで、それ以外には仕事の注文が来る当てすらなく、見込まれる収入は同年の一一月八日の生活保護費の支給以外には全くなかつたことが認められる。

右事実に照らせば、平成四年一〇月一九日の時点では被告人には返済の能力はなく、また、客観的な資力に裏付けられた返済の意思はなかつたものと認めるに十分である。

よつて、被告人、弁護人の前記弁解、主張は到底採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の各詐欺は包括して平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法律による改正前の刑法(以下同じ。)二四六条一項に、判示第二、第三の各所為は同法二四六条一項にいずれも該当するが、右各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中九〇日を右刑に算入することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、なお同法二五条の二第一項前段を適用して被告人を右猶予の期間中保護観察に付し、前記有罪部分についての訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中、平成七年六月三〇日付け起訴状第一記載の有印公文書偽造・同行使の点は、「被告人は、岡山市《番地略》所在乙山株式会社岡山営業所所長Aから、融資に関する証拠書類の提示を求められるや、支払金口座振替通知書を偽造、行使しようと企て、平成四年一一月九日ころ、同市《番地略》の自宅において、行使の目的をもつてほしいままに、実父Dあてに岡山市財務課から郵送されていた郵便はがきによる同通知書の宛名欄、担当課欄、通知書番号欄、年月日欄、金融機関名欄、預金種別欄、口座番号欄、支払金額欄、差引支払金額欄、支払内容欄の各文字を修正液で消去した上、ワードプロセッサーを使用して、その宛名欄に『岡山県岡山市《番地略》甲野花子』、支払内容欄に『口座振込日、平成四年一一月一二日』と各記入し、さらに、右担当課欄に、ワードプロセッサーを用いて『中央福祉母子福祉課』と記載した紙を貼り付けたほか、同様の方法により、通知書番号欄に『〇〇〇三一八九四』と、年月日欄に『平成四年一一月九日』と、金融機関名欄に『中国銀行青江支店』と、預金種別欄に『普通』と、口座番号欄に『《略》』と、支払金額欄及び差引支払金額欄に『二、一〇〇、〇〇〇円』と各記載した紙を貼り付け、同一〇日午前九時五二分ころ、前記Aあてに、右自宅からファクシミリ(以下「ファックス」という。)通信により右支払金口座振替通知書の写し一通を送付し、もつて、中央福祉母子福祉課作成名義の支払金口座振替通知書一通の偽造を遂げるとともに、即時、同所において、同人に了知せしめてこれを行使した」というのである。

検察官は、ファックス通信によつて、文書を送信する場合、受信先の機械から印字されて相手方に到達する文書は、送信元で機械に通している元の文書と全く同一の意識内容が相手方に到達するものであるから、それは、電子複写機で文書のコピーを作成した場合と全く同様であり、よつて、公文書の写真コピーが刑法一五五条にいう「公務所または公務員の作成すべき文書」(以下「公文書」という。)に該当するのと同様にファックス通信によつて送信され印字された公務所または公務員名義の文書も同法一五五条にいう「公文書」に該当すると主張する。

しかしながら、当裁判所は、以下に述べる理由から検察官の右法律的見解は採用しない。

まず、関係各証拠によれば、本件犯行は、被告人の父親D宛に送付されてきた岡山市教育委員会作成名義の支払金口座振替通知書(はがき)の一部を修正液で消した上に、ワードプロセッサーを用いて文字を書き加え、かつ新たに文字を書いた紙片を貼り付ける方法で右文書を改ざんし、架空の公務所である中央福祉母子福祉課名義で、被告人に対して平成四年一一月一二日に金二一〇万円が振り込まれるとの内容の文書を作成し、それをファックスで送信して、受信先の機械で印字し、もつて写(以下「本件写」という)を作成したというもので、前記公訴事実に相応する外形的事実は認められる。

ところで、公文書偽造罪は、公文書が証明手段としてもつ社会的機能を保護するものであるから、その客体となる文書は、これを原本たる公文書そのものに限る根拠はなく、たとえ原本の写であつても、原本と同一の意識内容を保有し、証明文書としてこれと同一の社会的機能と信用性を有するものと認められる限り、これに含まれるものと解するのが相当であるところ、本件写が、右性質を持つかについて以下検討する。なお、本件においては、ファックスにかけられた文書は刑法上の偽造文書とは言えず、ファックス送信自体が文書偽造の手段とされている点を考慮に入れる必要がある。

まず、ファックスによる文書の特性について検討するに、ファックス通信の原理は、文書を電気信号に変換して電話回線等を通じて送信し、受信先の機械で右電気信号を読み取つて印字するというものであつて、原理的には、送信する文書と受信される文書は、その画像において、同一のものになるから、ファックスによる写は原本と同一の意識内容を保有していることとなる。しかしながら、本件写にも見られるように、数字の3と8の見分けが容易につかず、原本では一目瞭然であるはずの貼り合わせなど改変の痕跡が判別し難いなどの画像の不鮮明さは、現在広く普及しているファックスによつて送信された文書に一般的にみられることであると同時に、現段階でのファックス文書にとつては避け難い特性である。

次に、右の性質を有するファックスによる写が企業や官公庁において用いられている実状について検討するに、一般にファックスは通信の一手段として認識されており、そのため、権利義務や資格等に関する事実を証明する文書については、ファックスで作成した写は原本の代用としては認められていないのが通常であり、仮にファックスによる写の提出を受けても、一般的には後に原本それ自体或いは写真コピーによる写の提出が要求されているのが実態である。

事実、本件においても、被告人が通知書をファックスで送信することについて、Aの要求或いは承諾はなく、被告人が一方的に送信したものである上、Aは、被告人方へ直接出向いて、右通知書の閲覧を求めたり、従業員のB子が、被告人に対して、通知書の原本を持参するように求めたことが認められる。

写真コピーによる写が原本の代わりに提出され、それが原本と同様に扱われることが多いのに対比して、ファックスによる写は、その証明文書としての社会的機能と信用性において大きな差があると言うべきである。

これらの点を考慮すれば、今日におけるファックスの利用状況及びその利便さを考慮してもなお、現状においてはファックスによる写を証明文書として原本と同一の社会的機能と信用性を有するものと認めることはできない。

以上のとおりであるから、ファックスによる写は、その社会的機能や信用性の面において、刑法が文書偽造罪において保護しようとする文書には該当しないものと言うべく、したがつて、ファックスによつて文書を送信すること自体は、文書偽造行為にはならないと言わなければならない。よつて、本件被告人の行為は罪とならないのであり、刑事訴訟法三三六条により、被告人に対して無罪の言渡しをする。

(量刑の理由)

本件は、平成四年一〇月一九日から同年一一月一〇日までの間計九回にわたつて、借入金名下に乙山株式会社から二〇六万円を騙取し、その後、右騙取が乙山に発覚するとその返済に当てるべく、再び借入金名下に「総合商社丁原」から金四八万五〇〇〇円を騙取したというものである。

動機は、判示第一の詐欺については、生活費や事業資金に困つたためというものではあるが、生活費に困つたそもそもの原因は、破産宣告を受けてからまだ一年も経過せず、子供三人をかかえて、生活保護を受けていた被告人が、手元に事業資金があるわけでもないのに、無計画なまま清掃請負業の経営を始めたことにある。そして、当初は騙取した金を生活費等に当てていたものの、回を重ねるにつれて、パチンコや旅行等の遊興費欲しさの犯行へとその動機が変容していき、欺罔による借入れの最終的な返済期日が近づくや、遊興費も含めて借りられる限度一杯の額を騙取しようと企てて、判示第二の犯行に及んでいる。さらに、判示第一、二の詐欺の事実が乙山のAに発覚するや、返済の意思も能力もないのに、年末には返済するなどと嘘をつき、その返済期日が近づくと、その返済資金を用立てるために、同様に判示第三の犯行に及んでいる。このように、本件各犯行の動機は、被告人の無計画な経済観念及び虚栄的な生活態度によつてもたらされたものであつて、その動機には酌量の余地はない。

本件犯行態様は、判示第一の詐欺については、母子福祉資金借入れの関係書類を持参して説明し、虚偽の帳簿や給料支払帳を作成したり、ホワイトボードにありもしない仕事の予定を書き込むなどの工作を弄して、数回にわたつて金員を騙取していること、判示第二の詐欺については、第一の詐欺の発覚を防ぐため、自己の虚言に沿うような改ざん文書をファックスで送信し、相手が信用したことに更に乗じていること等、いずれも巧妙かつ周到である。さらに、判示第三の詐欺は、知人である貸金業者の信頼に付け込んで金員を騙取しており、極めて卑劣な犯行と言うべきである。

以上の一連の犯行動機、態様からすると被告人の規範意識の鈍磨は相当程度進んでおり、また、被害総額は二五〇万円を超える多額のものであり、一部被害弁償されたことを除けば、今後において被害弁償の見込みも少ない。以上のとおり、被告人の刑事責任は重大であり、厳しくその責任を問われるべきものである。

しかしながら、本件犯行を許した一つの大きな原因として、乙山及び丁原が貸金業者でありながら被告人の資産調査等を充分に行わず、誠に容易かつ容易に多額の金員を貸し付けていたという貸金業者としての杜撰さがあげられ、したがつて、本件犯行の原因を被告人のみに帰することもできないこと、また、乙山株式会社のAらの懸命な取り立ての甲斐があつて、同社に対しては被害額の一部が支払われており、実質的な被害弁償が一部なされていること、被告人は一応反省していると認められること、公判請求されたのは今回が初めてであり、身柄拘束期間も五ケ月に及んでいること、被告人の長男はまだ小学校五年生であり、右長男も含めて、三人の子供の面倒を老齢の被告人の両親がみていることなど、被告人にとつて有利に斟酌すべき事情も認められる。

右の事情を総合考慮すると、今回に限つては、社会内における更生に辛うじて期待しうるものの、被告人の刑事責任の重大さ、被告人の従前の生活態度に鑑みれば、独力による更生には一抹の不安をぬぐい去れないので保護観察に付するのを相当と思料する。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山森茂生 裁判官 近下秀明 裁判官 藤原道子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例